「トマトのホルモン処理、もう人手が足りなくて回らない…」
「マルハナバチを入れたいけど、外来種は法律で駄目なんだよね?」
「せっかく買った巣箱、1週間で蜂が死んでしまった…」
こんな悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。
実は、日本在来種の「クロマルハナバチ」を正しく導入できれば、授粉作業の労力を大幅に減らしながら、法律にも生態系にも配慮した栽培ができます。逆に、導入前の農薬履歴や設置環境をひとつ間違えるだけで、蜂は数日で全滅します。
管理人は元ホームセンター系の農業資材店に勤めており、マルハナバチの巣箱も店頭で扱っていました。メーカーの営業さんから聞いた運用のコツや、実際に導入した農家さんから教えてもらった失敗談をもとに、この記事では「使う前に知っておくべきこと」を全部お話しします。
マルハナバチを使わないと起きる3つの問題

「別にホルモン処理でもいいのでは?」と思われるかもしれません。しかし、授粉を人の手に頼り続けると、次の3つの問題が確実に効いてきます。
それぞれ、詳しくお話していきます。
問題1:授粉作業がずっと「人件費」としてのしかかる
人工授粉やホルモン処理は、面積が増えるほど費用が青天井に増える作業です。
理由は単純で、花が咲いた分だけ人が動かないといけないからです。反当たりの作業時間は面積に比例しますし、開花のピークは待ってくれません。近年の人手不足と時給の上昇を考えると、この構造そのものが経営リスクになりつつあります。
資材屋で扱っていた経験から言うと、ハウス面積を広げた農家さんは人が集まらないから蜂に切り替えたとなる傾向がありました。マルハナバチの導入は、単なる省力化ではなく、授粉を「人手による変動費」から「生物学的な設備投資」に置き換える経営判断だと考えると分かりやすいです。
問題2:ホルモン処理では空洞果のリスクが残る
ホルモン剤による着果処理は、あくまで薬剤で実を肥大させる方法です。受精そのものが十分でない場合、果実の中身が育たず空洞果になりやすくなります。
一方、蜂による授粉は花粉がきちんと運ばれた結果として実がつくため、果実の充実度が安定します。メーカーの営業さんから直接聞いた話では、「トマトで蜂に切り替えた農家さんが最初に驚くのは、収量より果実の中身の詰まり方」だそうです。
問題3:「受粉できたか」が見えない
人工授粉の弱点は、成否が確認できないことです。散布したつもりでも、かかっていない花は分かりません。
ここがマルハナバチの面白いところで、蜂は花の葯(やく:おしべの花粉が入った袋)に噛みついて花粉を落とすため、花に「バイトマーク(咬み痕)」という茶色い跡が残ります。つまり、見回るだけで受粉済みの花が一目で分かるわけです。品質管理の指標としては、これ以上に分かりやすいものはありません。
クロマルハナバチと他の蜂との違い

施設栽培のナス科(トマト・ナス)を中心に考えるなら、クロマルハナバチが現時点でもっとも現実的な選択肢です。
理由は
- 振動採粉ができる
- 法規制がない
- 周年で供給される
の3点がそろっているのが、この蜂だけだからです。
ミツバチとの違いは「振動採粉」
ミツバチは蜜を集めるのが主目的の蜂で、体を震わせて花粉を振り落とす「振動採粉」ができません。トマトやナスのように、花粉が葯の中に閉じ込められている花は、振動させないと花粉が出てこない構造になっています。
また、クロマルハナバチはミツバチより体が大きく、1回の訪花で運べる花粉量も、低温下での活動性も上回ります。ハウス内の受粉要員としては役割がまったく別物だと考えてください。
セイヨウオオマルハナバチとの違いは「法律」
能力面では、セイヨウオオマルハナバチも優秀な蜂です。しかし決定的に違うのは法規制で、セイヨウオオマルハナバチは外来生物法の「特定外来生物」に指定されており、飼養には許可が必要です。
農林水産省と環境省は、在来種への転換を進める方針を打ち出し、2020年までに(北海道を除いて)セイヨウオオマルハナバチの利用を半減させる目標を掲げていました。今から新規で導入するなら、在来種であるクロマルハナバチを選ぶのが自然な流れです。
| 評価項目 | クロマルハナバチ | セイヨウオオマルハナバチ | ミツバチ |
|---|---|---|---|
| 振動採粉 | 極めて高い(ナス科に最適) | 高い | できない |
| 集粉効率 | 高い(大型で作業が速い) | 高い | 低い(訪花回数が必要) |
| 法規制 | 規制なし | 特定外来生物・飼養許可制 | 規制なし |
| 逸出時のリスク | 低い(適正管理が前提) | 極めて高い | 低い |
| 供給の安定性 | 繁殖技術により周年供給 | 安定 | 季節・天候に左右される |
ここだけ押さえる
- トマト・ナスの授粉に必須なのは「振動採粉」ができる蜂
- セイヨウオオマルハナバチは許可が必要、クロマルハナバチは不要
- 能力ではなく「合法的に、気兼ねなく使えるか」で選ぶ時代
実は昔、在来種は安定供給できなかった
意外に思われるかもしれませんが、クロマルハナバチは長らく「増やせない蜂」でした。交尾後の新女王蜂が数ヶ月間の真性休眠(活動を完全に休止する性質)に入るため、計画的な生産ができなかったのです。
これを解決したのが、二酸化炭素麻酔・水没による仮死処理・低温土壌処理といった「休眠回避処理」を組み込んだ繁殖技術(特許文献JP2008113605Aなど)です。特に二酸化炭素麻酔は90%以上の産卵成功率とされ、1年を待たずに世代交代できるようになりました。今、在来種の巣箱が普通に注文できるのは、この技術のおかげです。
クロマルハナバチを使うメリット

メリットは「労力削減」「品質の安定」「法的な安心感」の3つに集約されます。
授粉作業がほぼゼロになるため、その時間を整枝や収穫、出荷調整に回せます。ホルモン処理特有の空洞果や、散布ムラによる着果不良も減ります。そして在来種なので、外来生物法の許可申請も、周囲への説明も不要です。
農家さんから教えてもらったのですが、「トマトのホルモン処理をやめた年、いちばん助かったのは繁忙期の朝の時間だった」とのことでした。授粉は開花時間に縛られる作業なので、そこが空くインパクトは数字以上に大きいそうです。
作物別・導入面積の目安
巣箱1箱でカバーできる面積の目安は、作物によって変わります。標準的な製品規格をもとにした目安が次の通りです。
| 作物 | 1箱あたりの目安 |
|---|---|
| 大玉トマト | 約300坪(約1,000㎡) |
| ミニトマト | 約240〜250坪(花数が多く蜂の負担大) |
| イチゴ | 約300坪 |
| ホオズキ | 約300坪 |
| ナス | 約100〜200坪(花粉量が多く高密度管理推奨) |
ミニトマトやナスで面積を絞るのは、花数や花粉量が多く、蜂1群あたりの仕事量が増えるためです。「広く使えるほど得」ではないので注意してください。
クロマルハナバチのデメリットと弱点

正直にお話しすると、いいことばかりではありません。デメリットは主に4つあります。
説明していきます。
農薬が自由に使えなくなる
最大の制約はここです。特にネオニコチノイド系の殺虫剤は残効期間が長く、散布後しばらくはハチを入れられません。
| 薬剤名 | マルハナバチへの残効の目安 |
|---|---|
| アクタラ | 最長42日程度 |
| アドマイヤー | 30日以上 |
| オルトラン | 30日程度 |
| ダントツ | 長期間 |
| BT剤・エコピタ・粘着くん等 | 乾燥後はほとんど影響なし |
導入の1ヶ月以上前から長期残効薬剤を止める計画が必要になります。ここを軽く見て「2週間空けたから大丈夫だろう」と入れてしまい、翌日に巣箱の前が死骸だらけになった、という失敗談は本当によく聞きました。
なお、栽培期間中にどうしても散布が必要になったら、前日までに蜂を巣箱へ回収し、施設外の冷暗所(17〜28℃)へ避難させます。避難中は毎日夕方に付属の花粉(2g程度)を給餌して、群の活力を保ってください。
温度と紫外線に弱い
30℃を超えると育児放棄が始まり、10℃以下では巣から出てこなくなります。夏は日除けや「冷すばこ」、冬は夜間の冷え込みを避ける場所選びが必須です。
また、クロマルハナバチは300nm〜650nm、つまり人間には見えない紫外線まで感知して、花弁の「ガイドマーク(紫外線を反射・吸収する模様)」を目印に飛びます。紫外線カットフィルムを張ったハウスは、蜂にとっては暗幕を張られたようなもので、ナビゲーション能力が著しく落ちます。導入前に必ずフィルムの種類を確認してください。
刺されることがある
マルハナバチは温和な性質ですが、巣箱を強く揺らしたり、体をつかんだりすれば刺します。万が一刺された場合は、毒を絞り出し(口で吸うのは絶対に厳禁です)、流水で洗って氷や保冷剤で冷やしてください。その後30分以上は安静にし、体調の異変やアレルギー反応が出た場合はすぐに医師の診察を受けてください。
使うにあたっての注意点
成否の8割は「最初の3日間」と「導入前の準備」で決まります。
理由は、蜂がハウス内の地図を覚えるのが最初の3日間で、その期間の失敗は取り返しがつかないからです。
導入直後3日間は窓を完全に閉める
導入初期の3日間は「学習飛行」の期間です。天窓・側窓の自動開閉を手動に切り替えて完全に閉め、内張りカーテンもたたんでおきます。
この期間に窓を開けると、蜂は紫外線の強い外へ向かって出ていき、二度と戻りません。せっかく買った群が半減した、という話の原因はたいていこれです。
「開葯」を確認してから入れる
マルハナバチは、花粉が出ていない花には見向きもしません。花粉がない状態で導入すると、餌が取れずに群が衰退します。
トマトなら花を軽く叩いて花粉が舞うか、イチゴなら葯が割れて粉っぽくなっているかを確認してから搬入してください。
逃亡防止と使用後の処分は「義務」と考える
在来種であっても、人工増殖された個体は遺伝的に均一化されており、野外に逃げて野生集団と交雑すると「遺伝的撹乱(その地域固有の遺伝的な特徴が失われること)」を引き起こします。これは元に戻せないダメージです。
導入前チェックリスト
✓ 直近40日以内にアクタラ・アドマイヤー等の長期残効薬剤を使っていないか
✓ 4mm目以下のネットに破れや隙間はないか
✓ 対象作物で開葯(花粉の放出)を確認したか
✓ 紫外線カットフィルムを使っていないか
✓ 17℃〜28℃を保てる設置場所を確保したか
✓ 蒸し込み用の黒袋と、導入・処分日を記録するログを用意したか
クロマルハナバチが働いてくれない場合の確認ポイントと対処法

上の議題と少し被りますが、クロマルハナバチが巣箱から出てこない、または思ったように働かない場合、いくつかの環境要因や一時的なストレスが影響している可能性が高いです。確認すべき重要なチェックポイントと、それに対して今すぐ試せる対策を以下にまとめました。
です。詳しくお話していきます。
1. ハウスに「UVカットフィルム(紫外線除去フィルム)」を使用していないか?
- 理由: マルハナバチは、人間に見えない紫外線(UV)を認識して、巣箱の位置や方向、花の場所を把握しています。特に在来種のクロマルハナバチは、外来種のセイヨウオオマルハナバチよりも紫外線に対する感受性が低いため、UVカットフィルム下では方向感覚を失い、帰巣できなくなったり活動が著しく鈍くなったりします。
- 試すこと:
- 紫外線(UV)透過率の高い被覆フィルムに変更するか、ハチが帰巣する際に頼りにする天窓部分だけでも優先的に透過資材を導入します。
- 初めてハチを外に飛ばす際は、ハウス内の内張りカーテン(天井・側面)を閉めずに、環境を認識させるための「学習飛行(約3日間)」をしっかり行わせてください。
2. ハウス内や巣箱の「温度」は適正に保たれているか?
- 理由: クロマルハナバチは寒さに強い反面、暑さには極めて弱い生理特性を持っています。活動適温は 17℃〜27℃ です。ハウス内が30℃を超えると活動が著しく低下し、ハチは訪花をやめて巣箱内を冷やすための行動(羽ばたきで風を送るなど)に体力を消耗してしまいます。35℃を超えると、幼虫が死滅したり、最悪の場合熱死により全滅したりします。また、冬場に10℃以下になっても動きが鈍くなり、凍死のリスクがあります。
- 試すこと(暑さ対策):
- 巣箱の周囲に直射日光が当たらないよう、すだれやゴザなどを用いて大きめの日除けを必ず設置します。
- 巣箱は風通しの良い、地上から60cm以上の高さの台の上に置くようにします。
- 猛暑時は、タオルで包んだ保冷剤を巣箱の上部に乗せるか、自動で巣内を快適な温度に調整する専用装置(「てきおん君」など)や保冷ボックスを活用します。
- 試すこと(寒さ対策):
- 冬場の最低気温は10℃以上を保つようハウス内を加温するか、巣箱に毛布などを掛けて保温します。
アグリセクトなどの有名なクロマルハナバチを育て販売しているメーカーなどは、そのメーカーの巣箱に合わせた温度調整アイテムを売っていますので、そちらを使うとより安心です。てきおん君は温度が高い時、低い時、両方の状態でも適温を保ってくれます。まるはな冷やすはこは温度を下げる機能のみとなります。
3. 作物から「花粉」が十分に放出されているか?
- 理由: マルハナバチは、花に花粉が生成されていなければ訪花活動を行いません。作物の草勢が低下している場合や、温度・日照の不足などによって正常な花粉ができていない場合、ハチは働くのをやめてしまいます。
- 試すこと:
- 作物から花粉が出ているか確認します(トマトなら花を軽く叩いて黒い紙の上に花粉が落ちるか、イチゴならおしべが十分に粉っぽくなっているか等)。
- 花粉が足りない時期や開花数が少ない間は、ハチがエサ不足(エネルギー不足)にならないよう、同梱されている専用の「蜂用花粉(乾燥花粉)」や糖液を巣箱の格子部分(綿の上)から定期的に給餌してください。
4. 直近で「化学農薬」を散布していないか?
- 理由: 送粉昆虫は化学農薬(殺虫剤だけでなく、殺菌剤や殺ダニ剤も含みます)に非常に弱いです。散布した農薬の「残効期間(影響日数)」が経過していない場合、ハチが死滅したり、活動を停止したりします。また、影響日数「0日(ほぼ影響なし)」の薬剤であっても、散布直後で薬液が濡れているうちは強い毒性を示します。
- 試すこと:
- これまでに散布した農薬の影響日数を農薬影響表で再確認します。
- 今後散布する際は、必ず前日までにハチをすべて巣箱に回収し、ハウス外(15〜28℃の涼しい室内)に避難させ、散布後に規定の影響日数をしっかりあけ、薬液が完全に乾いたことを確認してから再導入してください。
5. ハウス内にハチを脅かす「天敵」が侵入していないか?
- 理由: ハウス内にモズやセキレイなどの野鳥、あるいはムシヒキアブなどの天敵が侵入すると、働き蜂が捕食され、恐怖で他のハチも巣箱から出てこなくなることがあります。
- 試すこと:
- ハウスの外に逃げ出さないためだけでなく、外からの天敵の侵入を防ぐためにも、天窓・側窓・出入り口などすべての開口部に4mm以下の目の細かい逃亡防止用ネットを隙間なく張ってください。
6. 到着直後に急いで出入り口を開けていないか?
- 理由: 輸送時の振動などによるストレスで、到着直後のハチは非常に興奮しています。この状態で開放すると、パニックを起こして正常に働かなかったり、逃亡してしまったりします。
- 試すこと:
- 到着後はすぐに出入り口を開けず、日陰の平らな場所で半日〜1日以上静置して落ち着かせます。
- ハチがハウス内の構造を覚える成功率を高めるためにも、日没後の暗い時間帯(翌朝から活動を開始できるようにする)に開放することをおすすめします。
ハチが実際に働き始めているかどうかは、作物の花に「バイトマーク(噛み跡)」(ハチが振動受粉の際におしべを噛んだ痕)が付いているか、あるいは巣箱に戻るハチが足に「花粉団子」を付けているかで確認できます。これらが確認できるようになれば、活動は順調に開始されています。
クロマルハナバチは日本で使えるのか
クロマルハナバチは日本在来種のため、外来生物法の規制対象ではなく、許可なしで使えます。ただし、北海道だけは例外です。
クロマルハナバチ(学名:Bombus ignitus)は本州・四国・九州に自然分布する日本原産種です。そのため、特定外来生物であるセイヨウオオマルハナバチのような飼養許可は必要ありません。国としても、外来種から在来種への転換を推進しています。
一方、北海道にはクロマルハナバチが本来分布していません。そのため生態系保護の観点から、北海道での販売・利用は厳しく制限されています。「本州で使えたから」と持ち込むことは絶対に避けてください。
様々なメーカーがクロマルハナバチを繁殖させ売っていますが、1番有名なのがアグリ総研(アグリセクト)という会社です。初心者の方は基本そちらから購入するのをおすすめいたします。
法律まわりの整理
- クロマルハナバチ(在来種)=許可不要。ただし北海道は利用不可
- セイヨウオオマルハナバチ=特定外来生物。飼養には許可が必要
- 在来種でも、逃亡防止ネットと使用後の殺処分は必須
まとめ
では、この記事のポイントを振り返っていきましょう。
今回のまとめ
✓ クロマルハナバチは振動採粉ができる在来種で、トマト・ナス・イチゴの授粉に最適
✓ ミツバチは振動採粉ができず、セイヨウオオマルハナバチは特定外来生物で許可制
✓ メリットは省力化・空洞果の低減・バイトマークによる受粉の可視化
✓ デメリットは農薬制約(アクタラ42日等)、17〜28℃の温度管理、紫外線カットフィルム不可
✓ 導入直後3日間は窓を完全に閉めて学習飛行させることが成否を分ける
✓ 日本では許可不要で使えるが、北海道は利用不可。使用後の蒸し込み処分は義務
授粉作業を人手からハチに切り替えるのは、経営として大きな転換点です。ただし、いきなり全棟で始める必要はありません。
まずは、直近40日の農薬散布履歴を確認するところから始めてみてください。ここがクリアできていれば、次の作型からハウス1棟分だけ試験導入する。この順番なら、蜂を無駄にすることなく、自分の圃場に合うかどうかを確かめられます。